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地味な子ほど、部活で活躍しなかった気がする

考えたこと 心に関するモノ

タイトル通り


中学生の頃、バドミントン部でした。

今振り返ってみると、何かこの世の真理みたいなものが見えてきそうな気がする。

それは、「地味で目立たなく、控えめな人ほど活躍してない」 

言い換えれば、明るく活発な人ほどレギュラーで活躍していました。 

スクールカーストで上位に入る人たちですね。 おかしいかなスポーツには練習量やセンス、真剣に取り組む度合いなどの要素が重要なはず。スクールカーストの高さなんて実力には関係ないはずなのに、一体どういうことなのか。

(もちろん、体育の授業のサッカーやバスケでも、パスをもらって積極的にゲームに参加してるのはスクールカースト上位ですが・・・この場合は目立つ人にパスが回るのは当然とも言えるのでここでは割愛。)

少なくとも私がやっていたのは個人競技であってチームバトルではないので、活躍するかしないかは個人の実力によるはず。でも、少なくとも私の見た限りでは、往々にして地味な子は弱い。例外はほぼなし。

地味な子ほど部活で活躍しない は偶然?

 


正直な話、私は偶然ではないと思ってます。
実は、むしろ論理は逆なんじゃないかと。

活躍するから、強くなるから心も明るくなる

卵が先か鶏が先か
ではないけど、答えはシンプルだと思う。

なんらかの功績を残す→自信がつく→心が明るくなり、活発になる

私の周りで活発だった子たちは、きっとこのサイクルに入っていたんじゃないかと。

もちろん、最初は皆同じレベルからのスタート。その中で、例えば「先輩からフォームが綺麗だとほめられた」「初めての公式戦で勝った」「体力には自信があるからいつも基礎トレを早く終わらせられた」

といった小さな自信をつけていく。その結果が実績につながり、心の活発化に繋がるんじゃないかと。

逆を言えば、いくら真面目に長時間練習をしても、そこに自信が伴わなければ活躍は出来ないのだと・・

「富めるものが更に富みを肥やしていく」、現代資本主義の負の部分を見ているようであまりいい気はしませんがね笑 

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