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納谷六朗氏死去のニュースを見た今、仙水忍のこの台詞について考える

考えたこと

声優の納谷六朗さんが亡くなられた。享年82歳。

文章で書くのはあまり好きではないけど、ご冥福をお祈りします。

優しく、渋み溢れる声が気品を感じさせて好きでした。

SNSやニュースでも「園長先生」とプッシュされているあたり、クレヨンしんちゃんの園長先生役が一番知名度が高いんだろうと思う。

そんな流れの中「仙水が亡くなった」「仙水・・・」というツイートを見て、そういえば幽遊白書の仙水忍(せんすい しのぶ)役でもあったなってことを思い出した。

 

 

仙水忍は魔界と人間界を繋ぐ扉を開けようとして主人公と戦う敵キャラである。

元々は、主人公幽助と同じ霊界探偵という職務に就き、悪い妖怪を退治する真面目な人間だった。

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「きっとボクは選ばれた戦士で、あいつらは人間に害を及ぼす悪者なんだな」

人間は守るべき生き物・妖怪は倒すべき悪だと、仙水は疑わなかった。

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しかし、人間の残虐性・醜さを目の当たりにする。人間に絶望した彼は、人間界と魔界を繋ぎ、醜い人間を絶滅させようと決意した。

というのが幽白における彼の立ち位置(メタ)だけど、僕は仙水の人間性も台詞も好きだ。個人的に一番の名台詞を選ぶならこれ。

「世の中に善と悪があると信じていたんだ。戦争も良い国と悪い国が戦っていると思ってた  可愛いだろ?」

僕もまさしく、少年の頃は善と悪があると思ってた。ニュースでどこどこの国が戦争しているのを見ると「何で戦争なんてするんだろう」って思ってた。

「戦争なんてしなきゃいいのに」ではなく何で悪者の国があるんだろう」という意味で。子供心には「善良な国が悪い国をこらしめている」にしか映っていなかったのだ。

今にして思うと、何をもって善と悪を分けてるのかも分かってなかったと思う。子供だから単純な発想で「他人に迷惑をかけていない」「環境に優しい」「自然がすき」「人を殺さない」というのがあるだろうけど、

今にして思うと、僕が善だと判断する一番大きい理由はこれだったんじゃないかな。

少年時代の僕の「良い国」の基準は「自分が損してでも他人ために動いてるように見えるか」

貧しい国にODAという名で対外援助をしてる日本は善だと思ってた。

それをせずに自分の利益のために動いてる国は悪だと思ってた。

「国民のため」を叫ぶ政治家は聖人だと思っていた。

今思う、そんなことはなかったって。

自分以外のために動くことはない。自分に得があるから動くんだ。

ODAに日本の評価向上、公共事業的なメリットがないならやるわけない。

「国民のため」を叫ばないと票が得られず飯が食えない。得があるからやるんだ。

「自分が損してでも」なんて考えそのものが間違っていた。

では、他に善悪を判断する基準はあるだろうか。憲法には書いてないし、先生も教えてくれなかった。

子供の僕は絶対的な基準として「良い」「悪い」があると思ってたが、そうじゃなかった。

それが、自分が勝手に作った評価基準だということに気づいてなかった。可愛いだろ?

 人が「良い」「悪い」と判断するのは、結局その人の基準に依存する。

「お前のやり方は間違っている」とか、「あなたの考えは正しい」というのも、その人の考える基準の上に成り立っている。そしてその基準は、その人の生活や思想、経験などで変わってくるとはずだ。基準の違いを楽しむこともできるだろう。そう考えれば、あなたが受け入れがたい意見にも優しくなれると思う。

 

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