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1万円のステーキが要らないわけじゃないのよ

 

12月22日放送の情報番組「とくダネ!」(フジテレビ系)で、大学生の食生活が特集された。その中で、学生に「もらうなら1万円分の最高級松阪牛か、現金3000円か」と聞くという企画が行われ、ネット上で話題を呼んでいる。

番組によると、大学生の「半数近く」が現金3000円を選択。使い道を聞くと「セブンイレブンのおにぎり30個!」と回答し、別の男子学生も「肉は好きだけど肉なら何でもいい」と語った。高級なグルメにはあまり関心がないらしい。

 

「どちらかを選ぶ」という判断になった時、当たり前だけど自分の中で価値の比較をする。

価値が高い、自分にとって得だと思った方が選ばれるだけの話だ。

このアンケートの結果に対して、とある高齢者ツイッタラー(真偽は定かでない)の方が

「食に興味が無い?不幸だろ!結婚もせず、馴染みの薄い異性とのSEX。淋しい部屋か。イヤイヤ生きてる若者が多くなった気はしていた。我々は家族で食ったり食わせたりに熱中した」

と語っていた。

 

こう言いたくなる気持ちは分かる。今の時代は食べ物を含め色々な事に恵まれていて、「食べたくても食べれない」という問題が無くなりつつある。とても良い時代になったと思う。多少のお金があればちょっと高級なレストランにも行けるし、高価をはたかずとも安価で美味しいおにぎりがコンビニで手に入ったりもする。ファミリーマートのスパイシーチキンなんて最高だ。

ある女性ユーザーは、学生が現金を選ぶのは「食に興味がない」のではなく、「日本が豊かになった証拠」だと指摘。かつて、昭和の時代には「ビフテキ」がご馳走として喜ばれたが、他にも美味しいものがたくさんある「飽食の時代」にあっては、ステーキが全ての人の好物とは限らない、というわけだ

「1万円を払わなくても美味しいものが食べれる」と体で理解している現代の僕等に、1万円のステーキを選ぶ理由が無くても不思議じゃないんだ。

でも勘違いしないでほしい。選ぶというのは「価値の高い方を捕る行為」であって、「価値のある方を捕る行為」じゃない。 つまり、選ばれなかった方=価値が無いということではない。

食に興味が無くなったなんてことはさらさらない。三大欲求のうちの一つが無くなるなんてことはありえない。

むしろ食に興味があるケースだってあるさ

僕なんて典型だ。ステーキだけに1万円を使うのが嫌だから、3000の現金をもらって自由にグルメ旅でもしたい気分だ。3000円あれば、東京は神○町や神○かどこかで美味しいパスタ屋さんでも探したい。

選択肢が増えたから

昔は食でも性でもゲームでも、選択肢は今に比べて圧倒的に少なかった。

だから、遊んだり食べたりする内容は画一的だったかと思う。

今みたいに行動の範囲が広がった若い子たちは、もっと楽しいと思うことに3000円を使いたいだけなんだ。

決まりきった「1万円のステーキ」という選択より、「3000円でこんなことをしたい」という若者の選択意識を大事にしたい。

ステーキ騒動に対して言いたいこと

若者のそういう行動がしばしば年配の方から奇異に見られるというのは当然のことで、それに対して「おかしい」と思うのも当然だ。

ただし、それがエスカレートした結果「変えろ!」という動きにシフトしてはいけない。

一方で高齢者のつぶやきを曲解して「ジジイの説教なんて聞きながら食いたくねえよ」などと言うのは間違いだ。それはこのお年よりの言いたいことではない。

お互いが違う部分を受け入れる、これは人として大事にしてほしい。