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「相手の立場に立つ」なんて無理だけど、2つの方法で近づくことなら出来る

「相手の立場に立って考えなさい」なんて先生に言われたことがあるだろう。

残念だけど、僕は相手の立場に立つのはほぼ不可能だと思う。

これは他人を批判するつもりとか、社会に対する諦めとかそういう意味で言っているんじゃなくて、かれこれ20年以上生きてきて、他人の立場に立つことが出来ないと知ったからっていう話だ。

 

例えば、東日本大震災の被災者に対して。今にして思えば信じられないほどの被害で、数年経ってもまだ被災地の方が仮設住宅で暮らしている、そんなニュースを毎日見ていた。

もちろん悲惨な境遇だと思うし、一刻も早く解決して欲しいとは思ってた。

可哀想だとは思いつつも、「どれほど大変で、どれほど辛いか」は全く分からなかった。

「被災者がどれほど大変か分かってるの?」と、被災者でない人が言うことがある。

そういう時、心の中ではっきり「分かんないよ!被災者になったことないし!」

と思ってしまう。体験したことがないんだから、分かるわけないじゃない。

 

だから僕は、「相手の立場に立つ」とか「相手の気持ちを考える」っていうのは、その人と同じ体験をしない限り無理なんじゃないかって思う。他人と自分は同じじゃないから、その

人の境遇にならない限り、その人の立場に立つなんて土台無理な話だ。

原発問題にしてもそう。僕は原発推進派だけど、それは経済・政治的な事実や統計などを考えて判断しただけで、精神的な面は考えてない。

実際に放射能の被害にあった人とか、原発の近くに住んでる人じゃないから、「原発は恐い。無くしてほしい」と考える人の気持ちを汲むことができない。

もしも僕が被害にあったら、意見は180度変わってたかもしれない。

 

このように、100%相手の立場に立つのは無理だと思う。

でも、2つの方法で近づくことなら出来ると思う。

 

一つは体験すること。

その人と同じような体験をし、同じような境遇になってみる。

居酒屋の店員がお酒を持ってくるのが遅いと感じたなら、実際にアルバイトをしてみる。

そして、その仕事がどれほど大変かに気づき、前の自分を反省するかもしれない。

僕はセールスマンという人種が苦手だったけど、実際に営業を始めてみたことで、セールスマンの苦労がありありと分かった。その結果セールスマンにも優しくなれた。

僕のブログタイトル「百文は一験に如かず」は、

「見たり聞いたりしたことより、一回体験したことの方が遥かに重要だ」という僕のモットーを込めて付けた。体験は自分の視点をあっさり変えてくれるからだ。

 

もう一つは追体験。

これは実体験ほど強くはないけど、効果はあると思う。

被災者の気持ちを汲むために被災者になるなんて無理な話で、じゃあどうすりゃいいのって考えた時に試した方法だ。

それは、体験した人の文章を読むこと。てっとりばやいのが本やブログで、実際に被災した人の生活などが書かれた本を読んだりした。

追体験というのはRPGの主人公に似たような感覚で、まるで自分がその世界に入ったかのように感情移入できる。こうすることで被災した人の辛さは、多少なりとも分かるようになた。

注意すべきは、あくまで本人の体験が書かれているものでなくてはダメだということ。

「アフリカでは何人もの人が食べ物も食べれずにー」とか漠然としたものでは意味ない。

あくまで体験した本人に感情移入できるような文章を読むと良いだろう。

 

というわけで、体験って重要だなっていう話でした。