「人間になるための時間」から共感した4つの生きる知恵

限りある日々をどう生きるか? 人間にとって一番の命題だと思います。

本書は、筆者の曽野綾子氏が、自身のエッセイや小説から人生の知恵を伝えてくれます。100を超える教訓の中で、個人的に僕が気に入った部分を紹介していきます。

 

僕にも、この記事を読んでくれた皆さんにも役立てれば幸いです。

 

読書の習慣を持つことが知的生活の第一歩

知的内面生活のある人は読書の習慣を持つ。インターネットの知識と読書による教養は全くの別物である。知識だけでなく、教養もあれば、その結果として人間を見る目も自然にできる。

 読書っていうのは知識の蓄積だけじゃなく、筆者の人生の追体験的な意味もあると思う。書き手の立場に立って読むことで、まるでその人の人生を追体験しているように感じる。きっとそういったものが教養に繋がるんだと思う。

余裕を持つ

性悪説を取ると、心が自由になる。何より気楽。悪を理解する事柄苦になった。

見返りを求めずにあなたに善行を施す人はいない。あらゆる行動は自分の利益のため。善意につけこんであなたを騙しに来る人がいる。余裕なく癇癪を起こす人がいる。だれかれ構わず当たりちらす人がいる。自己満足のために犯罪を流す人が居る。そんなもんだ。「あんな人もいるんだ」と余裕を持って受け流そう。いちいち気にしてちゃもったいない。

自分の目を持つ

人生で、自分独特の目を養うことは、成功した人生を送る秘訣である。

今世間を動かしているのは、空気である。空気が読めないのを嘆く前に、空気を気にしすぎる病気も自覚したほうがいい。

 「空気を読もう」と張り詰めることは自分を制限することではないだろうか。もちろん、状況によって読むべきところもあるだろう。でも、「言わないこと」が正しいことかは、言う前に一度考えてみるべきだ。

趣味を持つ

ドイツの暮らしでは、男がグリースやペンキや万力やドリルやベンチの「男の世界」を持っていることが実に羨ましくなった。この雑前とした地下室の工房は、女房からの治外法権を色濃く匂わせる空間である。そこで男たちは社会的な地位や肩書の全く通用しない、午後五時以後、或いは定年以後の生活を楽しむのである。

今の日本の男たちが虚無的な顔をして、会社を終わると何をしていいかさえわからなくなるのは、こういう空間を持てないせいではないだろうか-

 今の日本に午後五時は不可能だろうけど、趣味を持つことは本当に大切だと思う。

「会社」という場所以外の自分のスペースが存在しないということは、つまり自分の居場所は「会社」しかないということ。その居場所が人間関係やら仕事で危うくなってしまえば、今まで自分を支えていた精神の安定がどっと崩れ落ちてしまうだろう。

趣味を持つというのは単に自分の楽しみのためだけじゃない、パーソナルスペースという精神の安定所を作ることだと思う。そこで何かを作ったり、誰かと関わったり、そして成功したりすれば、きっと今の日本は精神的に豊かになるんじゃないか。

会社に入っても趣味は持ち続けたいですね。

 

人間になるための時間 (小学館新書)

人間になるための時間 (小学館新書)