「謝ったら死ぬ病」を抱える賢い大人に対して僕らができそうなこと

悪いことした、間違っていたと思ったら「ごめんなさい」

おかしいな。小学校に入れば学校で、いや、入る前から親にこう躾られているもんだと思ったけど。

プレゼントを受け取ったらありがとう!道を譲ってもらったらペコリと一礼。そんな風に、脳と体に、本人の意志に無関係に染み付くものじゃなかったのか。

ミスター味っ子(8)

ミスター味っ子(8)

 

 リアクション系料理漫画で一番好きなミスター味っ子に鍋対決をする話がある。主人公の洋一に対して、食の神様である味皇がこのように忠告するシーンがある。

「鍋料理の天才の使う土鍋は、何十年も丹精こめて使い続けたことにより昆布ダシの豊かな風味が染みこんでいる。君は戦う前から不利を強いられている」

すごい脱線。えーとつまり、「悪いことしたらごめんなさい」は染み込まれてないの?それとも賢い大人は意図的にしてないだけなの?

あえてしないという選択をしてるのか、本当にできないのかは分からない。ネットで地味に話題になった「ごめんなさいをしない人」の例を挙げてみる。

会社は学校じゃねぇんだよで有名な松村淳平さん

自身の会社で運営するBUZZHOUSEというメディア上で、ネットで有名な砂糖るき氏の写真を無許可で使用。肖像権が侵害されたとして、Twitterで代表の松村氏本人にクレームを入れた。約一日後に正式な謝罪文が来たからまだマシと見える反面、るきさんが何度か送っていたリプを無視し、あげくその数分後に彼女との遊園地デート?の画像を貼るなど対応と道徳の杜撰っぷりに炎上した。

この話は去年の12月で収束してるからこれ以上広げはしないけど、どうしてすぐに謝罪対応できなかったのか、理由を考えたくなる。別にヤンキー漫画に出てくるような救いようのないクズキャラなら分かる。でもこの人は違う。この松村淳平って方は、若干23歳の年にして会社の代表をしている優秀な人だ。高校時代の知り合いのツイートによれば「めっちゃ熱いやつ」とのことで、それは会社は学校じゃねぇんだよの記事から明らかだ。自分とは比べ物にならないくらい優秀で賢い人だ。

ちきりん

世界で最も速攻魔法「そんじゃーね」を発動させた女性。この人の場合、謝罪というより間違いを認め訂正しない気質というべきか。

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 「ちきりんは何故嫌われるのか」とか「ちきりんに対する不快感の正体」とか、そんなyoutuberみたいな扱いになってたのかと言いたくなるほど話題に事欠かない。

正直あまり彼女のことをよく知らないので人の受け売りになるけどごめんなさい。

ちきりんは、なぜ嫌われる? - あざなえるなわのごとし 

「富岡製糸場はブラック企業」→「それ誤解 資料どうぞ」→「そーなんだー!でも(ry」「っていうか富岡製糸場側としてはブラックにしたいだけだと思う!」

誰か特定の個人を攻撃したわけではない(冨岡製糸場にしてるか?)と思うので、格式ばった背筋90度の謝罪はする必要ないけどさ。間違ったなと認識したら間違ってましたごめんなさいにはならないんだろうか。

「謝ったら自分が全否定される」という指摘が非常に秀逸。この感覚は、自分の言葉や文章を武器にしている人にとっては重要なのかもしれない。

これは一種の誇りなのだろうか。

そういう誇りがあるのなら、「間違いを認めるのは死ぬのと同義だ!」と思うのも仕方のないことなのかも?

#謝ったら死ぬ病

「謝らない人物」で真っ先に思いつくのは政治家じゃないだろうか。そんなことで真っ先に連想されるのが政治家な国って辛すぎるだろと思いたいけど、連想されるんだからしょうがない。号泣する議員や全力逃走議員が有名か。

そういった「謝ったら死ぬ病」に犯されている人をググって色々探してみた。出てきた人たち (あくまで検索して出てきた名前です)はざっと以下の4人

百田〇樹、安〇晋三、朝〇新聞・・・ここら辺は話題にするのも恐ろしいので伏字にする。で、最後の一人にちきりん。 

全部、頭も良くて社会的ステータスのある大人ばかりじゃねーか!

子供の手本となるべき大人ばっかじゃねーか!

大人は子供に、「悪いことをしたり、間違ったりしたらごめんなさいと謝りなさい」と教える。兄弟と喧嘩したら、母が仲裁してお互いにごめんなさいからの仲直りがセオリーだった。どうしてこうなった。

それを大人がしないのは、きっと「謝らないことより、謝ることの方が損する」と分かっているからなんだよね?

ブログで何度も言ってるけど、概して人は自分の得になる選択をする。ボランティアも人助けも自分に見返りがないならしないよっていう。つまり謝罪しないのは、そうする方が得だからということで良いんだろう。

謝罪の危険性

幼少期に謝ることの大切さを教えられる反面、現実として「謝ることの危険」も存在する。私が間違ってましたごめんなさいと言ってしまうと、ネット上の不特定多数から「犯罪者」「ホラ吹き野郎」のレッテルを貼られ、自分が培ってきた地位を失ってしまうんじゃないか。

「謝ったら死ぬ病」の人たちが持つ、そんな不安と恐怖を察することができていないだけだったのではないか? 自分は会社の社長でもそんじゃーね氏でも無い、ただのピーポー。言葉や文章を武器に戦う人間ではないので、謝ることの危険性を知らないだけかもしれない。誤って崖から転落することはあっても、謝って崖から転落したりはしない。

謝ったら死ぬ病を出さないためには、謝る人を許す人間になれ

とすると、謝る人を許すよう努力することが、これから必要になってくるんじゃないかと思う。謝ったら死ぬ病を広げないために、

「私たちは謝った(誤った)あなたを責めることはしません」と、最大限表現する。

それで謝ったのなら、これくらいの心構えでいこうじゃないか。

「うむ、許す!そんじゃーね。」ってね

先の女子大生もそうだ。道徳を欠いた部分があって、その至らなさを反省した(と願う)。それで良いじゃないか。もちろん、被害を受けた人がいるなら償ってしかるべき、その責任を負うのは当たり前だ。ただそれは本人と被害者で解決してくれってスタンスで行くのがいいし、新しい火種をふっかけたりしないように努めるのがベストだと思う。

謝るなら、いつでもおいで

謝るなら、いつでもおいで

 

 

 

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