「さりげなく相手を非難する言葉」を使う人は議論に向いていないと思う話

議論というのは難しい。「建設的な議論」の建設的とはなんなのだろうか。

現状をよりよくしていこうと積極的な態度でのぞむさま。「―な提案」「―に考える」 *1

 辞書の意味に従うなら、建設的な議論というのは

「相手の意見を尊重し、共通の問題を解決しようとする姿勢」ではないかと思う。

ここでいう意見の尊重というのは相手の意見に反論しないことではなく、相手の人格を非難しないということだ。これができない大人が多い。

議論を、しばしば口を武器にした戦争だと思っている人がいる。

それは、議論が自分の理念や思想をぶつけるものと捉えているからだと思う。自分の思想をぶつける場合、それを否定されるというのは自分の存在を否定されることに他ならない。

だから、なんとしてでも勝たなければならない。勝つための必殺の一手がないから、議論とは無関係の相手の人格を非難し、精神的に優位に立つ錯覚を味わう人がいる。

そういう人になってはいけない。議論の本質は共通の問題を解決することにある。

図解 フィンランド・メソッド入門

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 (↑他人の発言をさえぎらない等、フィンランドの子供の議論のルールが書かれた良書)

 

とはいっても、ある程度良識があって、あからさまな人格否定をする人はいない。「こんなことも分からないなんて馬鹿だな!」とか

「小学校からやり直せよ」とか言う人はいない。

昔のように閉鎖的な場で1:1の議論をするならまだしも、今の時代のネット社会のように、不特定多数の人に見られる中でそんなことを言ったら、周囲の反感を買うだけで逆効果だ。

 

ここからが本題。だからか、「間接的に相手を非難する言葉」が増えているように思う。「お前間違ってるよ、馬鹿」とは口に出さず、うまく相手を非難する人がいる。

例えばこんな言葉だ。

  • 私の言いたいことが伝わらず残念です。

理解されなかった責任を相手に課す言葉。「理解力が無いですね」と間接的に発信してしまっている。「そういう意味ではなく、~~」と訂正するのが良い。

  • おっしゃっている意味がよく分かりませんが

1つ目の言葉の逆パターン。フィンランドの議論のルール4に「わからないことがあったら、すぐに質問する」とあるが、これは議論の中で不明な部分を残そうとしない積極的な姿勢だ。

一方この言い方では、間接的に「もっと分かりやすく言え」と言っているに等しい。

「それは~~~という意味でよろしいでしょうか?」と確認するのが良い。

 

「え?こんなこと?」と思うかもしれないが、こんな些細なことこそ議論に置いて大切だと思う。

人と議論する時は原点に立ち返ろう。目的は何か。勝ち負けを決めることだろうか?

違う、議論とは共通の問題を解決することだ。本来は共同作業なのだ。だから、「自分の言葉が相手との共同作業を阻害する可能性」に常に注意すべきである。

 

議論の作法 (文春新書)

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*1:goo辞書