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漫画やアニメを見てもバカにはならない

昔から「漫画アニメゲーム悪影響論」は、教育や娯楽界隈の終わらないテーマとして上がっている。

この増田にしても、テレビに出ている有名なコメンテーターにしても、悪影響論を唱える際に必ず共通している部分がある。それは、漫画アニメゲームと、世間的に高尚と考えられるクラシックや文学小説・美術とを比較して、

「漫画アニメゲームは知能を”下げる”
と言われているところだ。どういうことかと言うと、クラシックや美術は、見る人の感性や思考を育む、つまりプラスにするのに対して、漫画アニメゲームはそれをマイナスにするという前提で言われている。

ドラクエの呪文に例えると、前者はバイキルトやピオリムのような能力上昇呪文だけど、後者はルカニやボミオスのような能力低下呪文みたいな扱いをされている。

変なたとえ話だけれど、要は
「作品を消費してバカになる」という前提は正しいの?
ということです。

漫画でもクラシックでも、それを味わっても知能にマイナスの影響があるんじゃなくて、プラスの影響に程度の差があるってだけの話だと思うんです。

漫画で失うものはあるか

少年漫画好きのA君は、擬音や絵だらけの「分かりやすい描写」に慣れてしまったことで、昔から使っていた語彙をすっかり忘れてしまった。確かにこれなら、知っていた言葉を忘れた、という意味で知能が「下がった」と言ってもいいのかもしれない。

ただ、少なくとも漫画を読んで「語彙が減った」という話は聞いたことがない。むしろその逆で、子どもの頃は漫画で初めて知った言葉も多かった。
ちなみに自分はうる星やつらで「閉所恐怖症」を知った。

よくある「漫画を読みすぎてテストの点数が下がった」にしても、それは
漫画に時間を使う→勉強の時間とれない→テストの点が下がる というだけの話で、漫画を読むと馬鹿になることの根拠にはならない。何かに没頭すれば時間が他の部分に時間を費やせないのは当たり前で、漫画の部分がクラシックでも同じだからだ。

馬鹿にはならない

結局のところ言いたいのは、漫画アニメゲームも美術もクラシックも皆、知能を下げたりはしない。どの作品にも、何かしら得られるものはあっても、失うものはないと思う。ということだ。

もちろん、あまりにも内容がつまらなくて「時間」を失うことはあるかもしれないけど、それによって「頭が悪くなった」ことにはならない。

ゲームのステータス上昇で言うと「0以上」であって0より下の変化は無い。
さっきのドラクエの呪文で言うと、ルカニ(-)とピオリム(+)ではなく、
バイキルト(+)かバイシオン(++)かの問題だと思う(凄く分かりづらい)

最初に上げた増田の場合、「漫画やアニメは馬鹿になるよ!」じゃなくて、

「漫画やアニメよりクラシックの方が賢くなるよ!」

と言う方が正確だ。漫画やアニメで馬鹿(-)になったんじゃなくて、クラシックや美術で感性が磨かれ(+)たんだと考えるべきだと思う。

どっちが賢くなるのか論争

ただ、こうなると一つ考えなくてはならないことがある。それは

「漫画やアニメより、クラシックや美術の方が+値が高いのか?」ということ。
これに関しては答えが出ないけれど、漫画やアニメが趣味な自分としても、

「どちらかと言うとクラシックや美術の方が高い」 と思う。
というのは、賢くなる=知能が上がるというのは、
要は本人が「じっくり考えたかどうか」によると思うからだ。

漫画と小説の違い

例えば、漫画には絵がある。キャラクターの顔があって、設定やストーリーは表紙をめぐれば大体分かるようにできている。登場人物AとBの関係は設定で分かり、ストーリー中の心情はセリフが無くても表情から読み取れる。

だから、ある程度は「目で見える情報だけで楽しめる」ようにできている。
漫画のよさはそういう「わかりやすさ」にあると思うし、だから好きだ。


文学小説の場合、登場人物の名前や設定・性別が最初から書かれているのは珍しく、基本的に読み進めていって自分で判断していくしかない。
(課題でシェイクスピアを読んだことがあるけど、似たりよったりなカタカナの名前が多くて読解に苦労したことがある笑)

絵が無いので、そこがどういう情景かどうかは読者のイメージに委ねられる。
「ぽつぽつと雨が降ってきた」という一文も、本当に雨が降ってきたのか、親友を亡くした主人公が涙を流している場面なのかははっきりとは分からない。

なので、ある程度は「目で見える情報からイメージや思考を膨らませる」必要があるようにできている。

小説を読む→頭で考える→思考力が上がる→賢くなる 

ある程度と書いてあるのは、別に漫画でもじっくり考えないと分からない描写もあれば、小説でも何も考えずに楽しめるものもあると思うから。

こうして見ると、どちらかと言えば視覚描写がメイン(当然例外あり)の漫画アニメゲームよりは、小説や美術のような「目で見てさらに考える」系のモノの方が賢くなるように見える。

ただし、それは本人の意識による

ただ、「じゃあ漫画やめて小説読も!!」と考えるのが一番いけない。
結局のところ、その作品から何か考えた人にとってのみ意味があるからだ。
件のエントリーでJPOPとクラシックが対比されているけれど、別にMr.Childrenでもベートーヴェンでも、「あー感動した!!」と思うだけなら得られるものは一緒だ。

パッと鑑賞してすぐに感覚的な心地よさを手に入れることができるサブカルとは違って、今まで当然だと思っていた価値観、物の見方、倫理観、感覚の処理、すべてに揺さぶりをかけ、それらとじっくり向き合うことを通して最終的に言葉では言い表しがたい感動が生まれる。 *1

この「今まで当然だと思っていた価値観、物の見方、倫理観、感覚の処理、すべてに揺さぶりをかけ、それらとじっくり向き合うこと」

漫画アニメゲームで体現できるのなら、それで十分だと思う。

最近だと、某アイドルアニメのたった1話の描写の中からキャラクターの心情を考察したりする人もいて凄いなーと思った。今に限らず、昔のアニメ(ガンダム等)でもそういう楽しみ方をする人はいたんじゃないかなと。

作品をそのまま消費するだけなら、漫画もクラシックも頭の良さに大して変化はない。(良くてちょっとだけ語彙が増えるくらい)

感性や知能が上がるというのは、見た人の意識や受け取り方の違いでしか無い
と思った。