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アイデンティティのために変態になる人達

「自分らしさ」を獲得するために無理をして変態キャラを演じる人達がいる。

抑圧された自分の存在意義をなんとか見出したいがために、無理をして下ネタに走る人がいる。

例えば、TwitterをはじめとするSNSで、性器の名前を連呼する。

無機物×無機物のBL同人誌を描いて、それに萌えるフリをする。

 

昔に比べれば、現代は何でもできる時代だ。

豊富な資源に発達した技術、聴きたい音楽はネットで聴けるようになり、知りたい情報も検索できるようになった。ある程度のお金を払えば遠くまで行けるようになり、食べたいモノも食べれるようになった。お店で売っていない商品は通販で取り寄せられる。

「物」に関しては十分満足できるようになった。

では、精神的にはどうか。「ある程度のことは何でも自分でできる」ことが、「何でもできる人」と「できない人」の格差を生んでしまった。

ネットを見渡せば、質の高い絵を描で多くの人を感動させる人がいる。幼少期から培ったピアノの演奏技術を動画にして投稿する人、巧みなトークスキルで人を魅了する人、質の高いレビューをする人がいる。

こうして、「私と言えば○○」「あの人といえば○○」といった固有のスキル・個性・アイデンティティ・らしさといったものを持つ人と持たない人が出来てしまった。

そういったアイデンティティを持ちたいと願うけれど、自分には楽器の才能が無い、トークスキルもない、ネタになるエピソードもない。

そう気づいた時、「自分ってなんなんだろう」と酷く劣等感が湧き上がる。なんとかして「自分らしさ」を手に入れたい。つまり、「他とは違う何か」が欲しいと思う。

じゃあ、そんな時どうするか、一番簡単なのはこれだ。

変態キャラになる。

とりあえず「ペ○ス」と言ってみる。下ネタを交えて哲学的なことを言ってみる。普通の話を変態チックに解釈してみる。

そうすると、周りはその人を「なんか良く分からんけど変な人」に思ってくれる。それが肯定的か否定的かは分からないけれど、とりあえずは「普通の人とは違う何か」になれている気がするようになる。

そんな風にして、その場限りのアイデンティティを獲得する人がいる。

アイデンティティの心理学 (講談社現代新書)

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