企業って消費者の負担を肩代わりしてるんじゃないかな

よくある企業のスローガン

「お客様が快適・安心に利用できるようサービスの質を高めます!」

ってかっこいいし有難いように思えるけど、これって

 「負担はこっちが負うからね・・(血反吐を吐きながら)」

ってことなんじゃないのかと最近思ってきた。負担を減らしてるっていうより、自分が受けて苦しむことで成り立っている感じ。

 日本のサービスは凄い

コンビニは凄い。

切手も買えるし、ネットで予約したチケットの受け取りまでできる。

プリントもできる。コーヒー飲める。お金も下ろせる。

自分が「できたらいいのにな~」と思ってたことが今は全部できてる。

 

イベント会場も凄い。

座席探しに迷っている人を見れば、スタッフが即ヘルプに来てくれる

僕はコンサートが好きで、客側だけじゃなく運営側にも回ったことがあった。

会場の広報・座席の案内とか「えっここまでやるの・・?」と思う事も少なくない。

お客が求めてきたらやるという消極的アプローチではなく、

「こちらからヘルプに行く」という積極的な姿勢。 

「(そんなの自分で調べてよ)」と心の中で思ったことは何度かあった。

 

 コンビニのアルバイト経験は無いが、多分していたら「サービスしすぎじゃない?」と愚痴をこぼしていたと思う。

しかし客側に立ち返ってみれば、それがどれほど有難かったかが分かるのだ。

相手側の努力によって、自分達がいかに快適になったかを思い知った。

自分達が享受していた快適さは、サービス側の苦労の裏返しなんだと思った。

頼ってばかりで良いの???

両方の立場を経験して思う。「こっちが少し頑張れば負担を減らせないかな?」と。

会場に着いたら、まず座席を全体図を見る。

それと自分のチケットを照らし合わせて、おおよその場所を把握する。

トイレや喫煙所はあらかじめ探しておく。 パンフレットにも目を通しておく。

「聞く前に調べる」

あまりにもサービスに慣れすぎて、自分から調べることをしなくなっていた。

これはいけない、負の連鎖だ。ワープロを使い始めて字を書く力が弱くなったという話があるけど、人間使わなくなった能力は衰えるもんだ。

能力が衰えても、要望は衰えない。「○○できるようにしてほしい」という想いは際限なく溢れて、いつか会社が対処しきれなくなる

 

以前「飲食店にクレカを導入すべきか」みたいな話題があったけど、僕もクレカ対応すれば楽にはなると思う。

ただ、それは導入する店側の苦労を考えたら、とても「はい」とは言えないのだ。

僕たち消費者が楽をすればするほど、誰かが負担を被るんじゃないか。

だから、現金で十分・列が混雑してても待つから安心して下さい!と言いたい。

 

そろそろ「楽」を見直すとき

何でもできる便利な社会だからこそ、そろそろ「自分のことは自分で」という原点に立ち返ってみるべきかな?と思った一日でした。

皆、消費者であると同時に社会人なんだから、お互いが負担を減らせるように努力しなきゃ。

消費者になったらあれしろこうしろ要望して、社会人になったら要望すんなクレームすんなじゃ、まるで解決しないよ。

 (ん・・・?  自分のことは自分でやるようになったら、今度はサービスが使われなくなって企業のデメリットになるのかな? 考えてなかった。)

恕─ひとに求めない生き方

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