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「慣れ」って恐ろしいっすよ

「習うより慣れろ」「慣れれば平気だよ」

「慣れ」っていうのは恐ろしい。
例えば、幼稚園か小学生の時に初めて補助輪無しで自転車に乗るじゃないですか。
性格によるけど、ビビりな僕は不安になったんですよ。

「落ちたらどうしよう」「痛いだろうな」と。
最初のうちは父親の手を借りたりして、フラフラになりながらもペダルを漕ぐわけです。もう早く降りたい、とも思ったり。
それが一週間も経ってくると、ヘルプ無しで走れるようになってくる。

振り返って今はどうだろう。
今の自分に「自転車怖い?」と聞いたら「え、どこが?」と答えるはず。

慣れたんです。もちろん、技術が上がったとか自身がついたっていうのもあるけど
端的に言ってしまうと「慣れた」んだと思う。

「慣れ」の前後にある精神状態は別世界

慣れる前:倒れたら痛そう(不安) / スイスイ乗れる人がカッコいい(羨望)
          乗れたら楽しいだろう(希望)

ネガティブな部分もポジティブな部分もあるけど、慣れる前の心ってなんというか非日常的なんすよね。自分と違うものに憧れたり、自分の状態が変わったりすることに不安を覚えたり。

慣れた後:よっぽどヘマしないと倒れないでしょ / 案外スイスイ走れるもんだな
     ここの坂ほんときついわー

それがいざ乗れるようになって、1年もしたらどうなるか。
多分「坂きっつ」とか「駐輪場あるかな」とか、どうでもいい日常的な気持ちに変わってるだろう。乗れることが当たり前になったからだ。

「慣れ」が新鮮味とか感動とか、不安とかを全部消してしまった。
もちろん良いことだ。できないことが普通にできるようになったから。
料理でもサッカーでも計算でも、「慣れ」は上達の証拠だ。

恐ろしいのは、負の「慣れ」

ここに模範的な社畜がいるとします。毎日11時に退社。土曜も出勤。残業代が出るのを一筋の光にして、今日も日付が変わる前に家に帰る。
「最初は辛かったけど、もう慣れたよ。残業代もちゃんと出るしね」

それが、今日は仕事も早く終わって7時に帰れた。久しぶりに土日休みもある。
超嬉しい‼

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ちょっと待ってほしい。それでも残業しているんだ。週休2日は普通あるもんだ。
11時に慣れた人間にとって、7時に帰れることはとても嬉しい。
最初は定時の5:30に帰れないことに不満もあったけど、11時より早いなら良いやと。
「慣れ」が疲労を、現状に対する不満を見えなくしてしまっている。

こういうタイプの「慣れ」は恐ろしい、恐ろしい。

タバコのポイ捨てにしてもそう。最初は捨てるのに罪悪感があったかもしれない。
でもいざ捨てて、一月も続ければ心が変わる。
捨てるのが普通になり、捨てることに罪悪感が無くなり、むしろ捨てないことが善行になる。

できるなら、正の慣れには積極的に、負の慣れには即抜け出していってほしいと思った(ブログに慣れてない奴並の感想)

馴れ愛なんていらない

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