自分が正しいと思うのと、それを他人に強要するのは別問題だという話

突然ですが、ラーメンって美味しいですよね。
今日は久しぶりに時間と金の余裕があったので、地元の家系ラーメンで腹を満たしてきました。

f:id:hagoromox:20160619225152j:plain

 

丼にドカンと乗ったこのボリューミーなラーメンに箸を向かわせ、麺から頂いた時、ふと思ったんです。

「世の中には麺から食べるのに怒る人もいるんだろなぁ」と。

「俺は正しいから俺以外も当然そうしているはずだ」

きっとネットを見渡せば色んなタイプの人がいると思う。

「通はスープから飲む」と言ってレンゲで一口味わう人。

「本場の食い方は麺からが常識」と信じて疑わない人。

とりあえず人と違ったことをしようとして、野菜から味わう人。

 

きっと皆それぞれがそれぞれの「正しい姿」を持っているんだろうけれど。

そうじゃない人を否定したらアカン! と常日頃思うわけです。

それが正しいのは、その人の観測範囲だけのことかもしれないし、「誰かがそう言った」「皆やってる常識」という何の力のないものだったりするかもしれないのです。

日本語の意味が時代を経て変わるように、今の常識もいずれ非常識になることだってあるわけです。

だから「○○は正しい。異論は認めない」なんて姿勢は損こそすれ、薬にはならない。

f:id:hagoromox:20160619225152j:plain

 

もう一度のこのラーメンを見てみよう。
麺、スープ、チャーシュー、卵に野菜と色々入っている。
チャーシューから食べても良いじゃないか、人間だもの。
コショーをかけても良いじゃないか、人間だもの。

 

常識を疑うことから始めよう (Sanctuary books)

常識を疑うことから始めよう (Sanctuary books)